自然と戯れる

いろいろなことを見つめ直す

leaf未曾有の大災害をもたらしたあの東日本大震災から、来月で丸3年になります。
あの大災害によって、私たちのそれまでの生活が一変したように思います。

それまでは当たり前だと思っていたようなことが、当たり前ではないのだということに気づかされたという人も多いことでしょう。

たとえば、当たり前のように電車に乗り、当たり前のように会社に行き、仕事をして普通にまた電車に乗って帰宅していたのが、あの日を境にして当たり前ではないということに気づかされたのです。
あの地震によって都内では多くの帰宅難民が生まれました。

電車や地下鉄などのいつも普通に使っていた公共の交通機関が全て止まり、それによって移動することができなくなった人たちが徒歩で会社から自宅まで帰宅することになったのです。

そして、それから原子力発電所の事故によって原発が止まり、節電が叫ばれるようになりました。
それまではオール電化を推奨していた東京電力もすっかりそういうことを言わなくなりました。

私たちが当たり前だと思っていたものが、当たり前ではないということが改めて浮き彫りになったのです。
文明の発達によって、私たちは多くのことを見失ってきたように思います。

スイッチを押せば電気がつきます。
水道の蛇口をひねれば水が出てきます。

パソコンのワンクリックで物を注文することも可能でしょう。
そういったいろいろなことが実は「あって当然のこと」ではないのです。
文明がない時代には、灯りを得るためには火を起こさなくてはなりませんでした。

物を運ぶためには、あるいはどこかに行くためには自分の足で歩かないと目的地に行くことはできませんでした。
そういうことがすっかり今では便利さの陰に隠れてしまっているのです。

もちろん、それはとても良いことですし、それによって私たちの生活も豊かになっているのは否めません。
ところが、それに安住していて良いのでしょうか。
もし万が一のことが合ったときに、ひとりで生き抜くことはできるのでしょうか。

自然の偉大さ

だからといって、すぐに原始的な生活に戻れと言っているわけではありません。
ただ、少し私たちは自然と向き合う時間も必要なのではないかと思うのです。
あの甚大なる被害をもたらした津波。

自然というのは私たちに恵みだけではなく、大きな爪痕を残すことだってあるわけです。
そういうことを意識しながら、謙虚に生きる。
これもまた現代を生き抜くひとつの方法でしょう。

意識の向上が精神力を強めたり、生きる自信をつけてくれたりするのです。
そういうことをしっかりと考えながら、これからは生きていくようにしましょう。